にっぽん日和 愛媛 松山市 後編

2013-05-30

後援:観光庁
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絣の歴史は庶民の歴史

絣の歴史は庶民の歴史

藍色と白のコントラストが
美しい 伝統の伊予絣

絣の歴史は庶民の歴史十字文様や井桁文様など、紺色と白のコントラストだけで描く伊予絣。綿のもつ吸収性、通気性の高さから、明治、大正時代には農作業時の作業服として全国の農家に一気に広まりました。
伊予絣の生みの親は天明2年生まれの鍵谷カナ。藁葺き屋根の葺き替えのときに目にした、押竹を縛ったあとの斑模様に心惹かれて考案したとされます。庶民の生活の中から生まれた伊予絣ですが、近年は生活様式の変化と技術の継承人の減少により、事業として制作するのが1 軒のみという寂しい状況です。
伊予かすり会館には、江戸時代後期の地機から、機械織りとなった時代の高機、伊予絣ができるまでの工程などを見ることができます。

伊予かすり会館の総括支配人、仙波勝さん民芸伊予かすり民芸伊予かすり

伊予かすり会館の総括支配人、仙波勝さん。語り口は滑らかで、その内容は伊予絣の歴史のみならず、四国の民俗文化全般にまで及びます。

民芸伊予かすり会館
松山市久万の台1200

絣の歴史は庶民の歴史

絣の歴史は庶民の歴史

鎌倉時代の建築を現存
石手寺

愛媛県には四国八十八ヶ所霊場のうち、40 番~65 番の札所があり、石手寺は第51 番札所です。最盛期には七堂伽藍(七つの大きいお堂)と六十六坊(66 の僧の住居)を有した大寺院でした。永禄9 年(1566 年)に建物の大半を焼失するも、本堂、仁王門、三重塔は消失を免れ、鎌倉時代の建築を伝えるものとして、国宝・重要文化財に指定されています。

石手寺石手寺

松山を案内してくれた市の職員松山を案内してくれた市の職員。

左から

都市ブランド戦略課の

山内充さん、

小笠原啓介さん。
東京事務所の川﨑義昭さん。

召しませ甘味の中華そば召しませ甘味の中華そば

“瓢系” ラーメン

甘い味のラーメンスープと聞くと、口にするまで想像しがたいものですが、瓢太の中華そばはまったく違和感なく、なぜか懐かしい味です。「この地方は味噌も醤油も甘いから。チャーシューの煮汁も甘いんです。タレの作り方は企業秘密」と店主の加藤大さん。平日のお昼には近くに勤める人たちが数多く訪れ、休みの日は観光客が足を運ぶ「松山の味」です。

瓢太瓢太

瓢太
中華そば 600 円
チャーシューメン 750 円
松山市三番町6-1-10

三津の渡しで朝市へ三津の渡しで朝市へ三津の渡しで朝市へ

松山港内港地区の三津と港山のあいだ、約80mを結ぶ無料の渡し舟があります。はじまりは港山地区側にある港山城が築城された文明年間。城主が三津浜側にあった須崎の浜に、毎朝食糧を買い求めるために利用したといわれます。

実はこの水路、現在は市道高浜2号線の一部。午前7時から午後7時まで、年中無休の運行です。
船頭さんは市の職員です。

JALでいく

JALでいく羽田から8時発のJALに乗って、9時40分に松山空港着。早速フェリーで20分弱の興居島へ。寺坂さんの果樹園でいただいた「せとか」「甘平」「デコポン」の甘かったこと。その後食した坊っちゃん団子やタルトはもちろん、「瓢太」のラーメンや「アサヒ」のうどんも甘かった。しかも美味。そういえば市長も。もっとも市長の場合は甘い二枚目というだけではなく、ピリッとした一面もある。いずれにしても、甘いもの好きの私にとっては至福のひと時であった。帰宅したあと、我が家で伊予のみかんを食べながら松山談議に花が咲いたことはいうまでも無い。 木村政雄

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