にっぽん日和 徳島 三好市 後編

2013-01-30

後援:観光庁
「にっぽん日和」は観光庁後援のコンテンツです

阿波池田

うだつの上がる町で たばこの歴史を見る

阿波池田は幕末から明治にかけて、「阿 波池田刻みたばこ」の生産で栄えた町で す。たばこを民間で製造できる時代、こ の街道筋には100 軒近くもの民営たばこ 工場がありました。

たばこ作りで繁栄した商家は競って豪 奢な家を建て、「うだつを上げ」たのです。

うだつとは、防火の目的で隣家との間に 造られた袖のような形の壁です。装飾が 凝らされた“うだつ” は、富の証。その ため現代において「うだつが上がらない」 という言葉が、出世しないという意味で 使われています。

町歩きの途中に煙管で一服

本町通りの中心にたばこ資料館があります。代表の黒木公子さんは古民家 再生に尽力し、年4回ほど「うだつマ ルシェ」として、町の美味しいものや 雑貨のマーケットを開催しています。

阿波池田うだつの家 たばこ資料館

三好市池田町マチ2465-1

県立池田高校野球部を訪ねて

脈々と受け継がれる

名将・蔦監督の教育

1974 年、春の甲子園。県立池田高校野球部は準 優勝を果たしました。当時のメンバーは11 人、“さ わやかイレブン” の快進撃は、池田町の名を全国 区にしました。率いたのは故・蔦文也監督。名将 の「山あいの子どもたちに、一度でもいいから大 海を見せてやりたかったんじゃ」という名言は、 今も語り継がれています。

現在、野球部を率いるのは、蔦監督の教え子で ある岡田康志先生。「自分は野球から、“本気になる” ということを学びました。今の生徒たちにも、野 球を通して何かを掴んでほしい」と語ります。

池田町の中学生が蔦監督の 人形を制作しました。

池田高校 の山口寛校長先生と共に。

 

やまびこ打線再び

夕暮れのグラウンドでは、春の選抜 に向けて野球部が熱心に練習して いました。よく見るとサッカーゴール もあって、いくつもの運動部がグラ ウンドを分けあって練習していること がわかります。

徳島県立池田高等学校 三好市池田町ウエノ2834 番地

 四国の真ん中にある宿“まんなか”。

「剣山国定公園の一角にあり、吉野 川を挟む両岸の岩は、県指定の天然 記念物。

秘境をご堪能ください」と、 代表取締役の大平克之さん。

大歩危峡まんなか

三好市山城町西宇1644-1

 

取材当日は東京から来 た若者もそば打ち体験 に参加していました。

古式・そば打ち体験

石臼を挽きながら聴く 祖谷の暮らしを伝える歌

山が連なる奥祖谷は、平坦な土地が少なく、田 んぼを作ることができない環境です。そこで盛ん に植えられたのが、厳しい環境に負けずに育つそ ばでした。そばの実を石臼でゆっくり挽くことで、 血液をサラサラにする成分・ルチンを残し、味わ い深いそば粉が精製されます。

昔は各家庭に石臼があり、お祝いごとがあると きには、嫁姑が夜なべをしてそばを挽いたそうで す。そばが美味しく仕上がるかどうかは、嫁姑の 仲の良さが決め手だったとか。そこで東祖谷の民 謡には「嫁をいじめると、自分の娘も苦労するよ」 という粉挽き歌が残っています。

そば打ちを教えてくれる都筑麗子さん。

小柄な体でガスボンベを軽々運び、美 声を響かせながらそばをこねるパワフル なお母さんです。

奥祖谷めんめ塾 体験工房

三好市東祖谷京上14 番地3

JALでいく

羽田をJAL で飛び立って1 時間20 分、 徳島に着いた。

そこから西へ2 時間 かけて三好市へ。北を香川、西を愛媛、 南を高知と接する県境にあり、中央部を吉野 川が流れ、約90 パーセントが山に覆われてい るという。

中心部を少し離れると、まるで江 戸時代にタイムスリップしたかのような風景 に身を置くことになる。うだつの上がった商 家、山間の藁葺き屋根の民家。

樹齢を幾重に も重ねた巨木、まさに秘境と呼ばれるにふさ わしい佇まい。喧騒の都会を離れ、たった2 日間滞在しただけだけれど、何とも言えぬ心 地いい至福の時を過ごせた気がする。

木村政雄

 

 

イベントカレンダー

最新のお知らせ一覧

過去のお知らせ一覧

twitter
Copyright(c) 2011 地活NEWS All Rights Reserved.