ビジョナリーな人たち 山本康夫 ヤマロク醤油株式会社 代表取締役

2012-12-26

後援:観光庁
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醤油造りに欠かせない菌を守るため

木桶作りの世界に飛び込んだ男

醤油を造る蔵と桶には、

数百種類の菌が棲む。

菌の数は 50 種の蔵もあれば 300の蔵もある。

その種類や数によって、

その蔵で造る醤油の味や香りが変わるという。

未知な部分が多い発酵の世界で奮闘するのは

ヤマロク醤油、五代目、山本康夫さん。

「メシが食えない商売」と言われながら 意地で継いだ醤油屋稼業。

さらに桶作りにも取り組んで、

100年後の〝本物の〞日本食を 守ろうとする男である。

山本康夫

1972年、小豆島生まれ。大学の経済学部を 卒業し、佃煮メーカーで営業職に就く。「小豆 島が好きで好きで」29歳で島に帰り、ヤマロク 醤油を継いだ。2人の息子の父親でもある。 「息子は1人が醤油屋、もう1人は桶屋になっ てくれるよう、今から刷り込んでいます」。

「本物の醤油を売ってくれ」と 言わせたくて継いだ醤油造り

山のふもとに住んでいた「ろくべえ」さん のもろみ蔵は、100年以上昔、明治初期に 建てられた国の登録有形文化財である。木造 家屋の床は土間、壁は土壁。大きな桶の中に は醸造されつつある褐色の液体、醤油が満ち 満ちている。夜になると真っ暗だが、実は桶 だけでなく、柱や梁に棲みついて呼吸してい るモノたちがいる。

「醤油は発酵食品なので、菌がそのあたり にいるんですよ。夜、写真を撮ると白く光っ ています。それが醤油を発酵させているので、 桶は絶対に洗えない。建物だって建てなおす ワケにはいかないんです。今の時代、99%の 醤油は工場のタンクに人工的に菌を入れて造 られています。でもウチは桶や蔵そのものに 菌が棲みついているから、人工的に菌を入れ る必要がないんです。リアルな〝もやしもん 〞(菌と農大生を描いた漫画)ですよ」

山のふもとのろくべえさん、略して「ヤマ ロク醤油」の(たぶん)5代目となる山本康 夫さん。創業の正確な記録が残っていないのだが、「ばあちゃんのじいちゃんの時代には 醤油を造っていたそうなので、そこから下っ て5代目ということにしています」。

康夫さんがヤマロク醤油を継ぐと言ったと き、先代であるお父さんは「こんな商売、メ シ食えないからやめろ」と反対したという。

「僕は大学を卒業後、食品メーカーで営業 をしていたのですが、商品知識のあるバイヤ ーさんはほとんどいなくて、商品を買うかど うかの判断は、値段とボリュームとパッケー ジデザインだけ。つまり添加物だらけで安く 造ったものしか買ってくれないんです。そう なると、スーパーではまともな食品を売って いないということになる。だからいつか、そ ういうバイヤーに『売ってくれ』と言われる ような醤油を造りたくて、家を継ぐことにし たんです。

でも小豆島に帰って家の決算書を見せても らったら、『こりゃアカン。メシ食えない』 と思いましたよ(笑)」

日本食の基礎調味料を守らなければ ご先祖様に顔向けできない

全国に醤油屋は1600社ほどあるが、近 年、木の桶を使って醤油造りをする会社は1 %以下だという。なぜならタンクで造る醤油 は3ヵ月程度で完成するが、桶で仕込む醤油 は販売できるようになるまで2年半かかるか らだ。しかもヤマロク醤油で醤油を造ってい るのは康夫さんただ1人。「この商売ではメシが食えない」と言った先代の言葉は当然と いえば当然。半ば意地で継いだ醤油造りだが、 道のりは長くて険しかった。

さらに難題は桶にもあった。桶作りの職人 は現在、大阪・堺にいる3兄弟のみ。しかも 全員が60歳前後なのだ。

「なぜ桶作りがすたれてきたかというと、 味噌や醤油を造る桶は、100年くらいもつ んです。つまり、1個の桶を作ったら、桶屋 の次の仕事は100年先。需要が少ないんで す。しかも味噌や醤油造りはどんどん工業化 していて、桶を使わなくなっている。桶屋さ んは生活できないんですよ。でもこのまま黙 って指をくわえていたら、将来、ウチの醤油 を造ることができなくなってしまいます。

さらに桶屋さんに『わしらもいつまで(桶 作りを)するかわからんで』と言われたので、 2009年に、銀行から目一杯お金を借りて、 12本 の 桶 を 発 注 し ま し た 。 そ の う ち 3 本 の 桶 は中古桶を組み直したもので、9本はまっさ らな新品。本当はもっと発注したかったけど、 資金がそれしかなかったんですよ」

唯一残っている桶屋で、新品の桶を作った 醤油屋は、戦後、ヤマロク醤油が初だという。 それほどまでに危機的な状況の桶である。山 本さんはさらなる行動を起こした。

「桶屋さんが『わしらもいつまでやるかわ からんから、自分の桶は自分で直せ』と言う ので、今年で3年分銀行に返したお金をまた 借りて、もう3本桶を発注したんです。

今度は同年代の大工2人を口説き落として、 自分と3人で桶作りを教えてもらうことにし たんです」

接着剤を使わずに、真竹を編んだタガだけで 組む杉の板。それだけで水も漏らさぬ技術は大 変なものだ。さらなる問題は、真竹にもあった。  「最初は京都の藪から運んでいたのですが、 14mも あ る 真 竹 を 生 き た ま ま 小 豆 島 ま で 運 ぶ には、ヘリが必要です。そこで親戚に聞いた ら『死んだ爺さんが、将来の桶作りのことを 考えて、家の上の土地に真竹を植えた』と言 うんです。それを聞いたときホントに涙が出 ましたよ」

なぜそうまでしてイバラの道を歩くのか。 それは「日本食の基礎調味料を守る」という使命感だという。

「醤油をはじめとして、味噌、みりん、酢、 酒などの発酵調味料は、日本の基礎調味料で す。添加物が絶対に悪いとは言いません。し かも桶作りは最近始めたばかりで、本当に自 分にできるかどうかわからない。でも今、自 分ができることをしなければ、本物の日本食 の基礎調味料がすべて消えてなくなってしま う。それではご先祖様に顔向けができないと 思うんですよ」

康夫さんは今年40歳。人生の折り返し地点 に立った今、これからの人生を桶にかけてロ ングスパートを開始すると言い切る。その潔 さに心打たれるばかりである。

木桶は直径2m30cm、1本で約6000リット ルの醤油を醸造している。

桶を組み直すとき、 桶職人の落書きを発見することもあるという。

「自分たちで桶を作ったとき、大工の1人が、 これを組み直すはずの孫やひ孫に宛てて

『お 前たちも頑張れ』と落書きしました。

でも100 年もたなくて、自分たちで組み直すことにな ったら恥ずかしいなと話していました(笑)」

◎木村の視点

「ご先祖様に顔向けでき ない」こんなセリフを聞い たのは、いったいいつ以来 のことだろう? いくら本 物の醤油造りのためとはい え、桶作りにまでチャレン ジするとは……。発酵食品 とあって、光の差さないな か、危うく桶に落ちそうに なりながら山本さんの話を 聞くうち、「あなたの暮らしにCANとWILLは 含まれていますか?」と 問いかけられているよう な気がしてきた。帰り際、 やがて後継者となる6代 目康蔵君たちと腕を組み ながら、にこやかに写真 に収まるその姿を目にし て、きっとこういう人を、 過去を受け継いで未来を 導き開く「承前啓後の人」というのだろうなと思っ た。本物の天然醸造醤油は、 それを造る人の旨みまで を引き立てるものなのだ ろうか。

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