2012年12月

ファイブエルミシラン 大阪屋

2012-12-27

後援:観光庁
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海と共生する「町の食堂」

海の幸を豪快に食す

大阪屋

 

(左どんぶり・小豆島新名物 ひしお丼 ¥1,000)

海を望む坂手港。海風にさらされた「大衆食堂」 の暖簾をくぐると、壁いっぱいのメニューが迎えて くれる。メニューに交じって「字はまずいが魚介は うまい」と書かれた短冊がユーモアたっぷり。いけ すにはその日獲れた魚が息づいている。

ここ「大阪屋」は昭和40年に創業した、まさに「町 の食堂」である。江戸時代の文化4年に祖先が小豆 島に渡ってくる前は、大阪に住んでいたことから「大 阪屋」だという。朝、漁から戻った漁師さんと地元 の魚屋さんたちから魚介類を仕入れるため、営業時 間は午前11時から午後4時まで。夜は予約のみの営 業である。

中でも名物は「タコの地獄焼き」。生きたタコ一匹 をそのまま網に載せる。見る見る赤くなるタコは、 まわりにある刺身の醤油皿に触手を伸ばす。なんと か網の中に収めようとする小柄な女将さんとの格闘 は、豪快なショーにも見えてくる。お店は小林さん 一家3代で賑やかだ。小学生の美虹ちゃんは、暴れ るタコよりも茹で上がったタコのほうが「宇宙人み たいで怖い」と言う。小さいながらも海の女である。 「足は自分でカットして。ポン酢につけると美味しい よ。アタマは煮付けにしてあげるから」と女将の小 林聡子さんが教えてくれる。

もうひとつ、心惹かれたのはあわびである。刺身 と焼きと、両方でいただく。刺身のあわびは歯ごた えがいい。網の上で焼くと、とてもやわらかく食べ やすくなった。

タコ漁の解禁は5月なので、豪快な地獄焼きを堪 能するなら5月から9月頃までがお勧めである。

タコの地獄焼き 時価 2、3日前から予約を。

大阪屋

小豆島町坂手甲1842-4

TEL.0879-82-2219

【営業時間】昼11:00~16:00 夜は予約のみ受付

【定休日】水曜日(年末年始、春夏秋の繁忙期は無休)

ビジョナリーな人たち 山本康夫 ヤマロク醤油株式会社 代表取締役

2012-12-26

後援:観光庁
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醤油造りに欠かせない菌を守るため

木桶作りの世界に飛び込んだ男

醤油を造る蔵と桶には、

数百種類の菌が棲む。

菌の数は 50 種の蔵もあれば 300の蔵もある。

その種類や数によって、

その蔵で造る醤油の味や香りが変わるという。

未知な部分が多い発酵の世界で奮闘するのは

ヤマロク醤油、五代目、山本康夫さん。

「メシが食えない商売」と言われながら 意地で継いだ醤油屋稼業。

さらに桶作りにも取り組んで、

100年後の〝本物の〞日本食を 守ろうとする男である。

山本康夫

1972年、小豆島生まれ。大学の経済学部を 卒業し、佃煮メーカーで営業職に就く。「小豆 島が好きで好きで」29歳で島に帰り、ヤマロク 醤油を継いだ。2人の息子の父親でもある。 「息子は1人が醤油屋、もう1人は桶屋になっ てくれるよう、今から刷り込んでいます」。

「本物の醤油を売ってくれ」と 言わせたくて継いだ醤油造り

山のふもとに住んでいた「ろくべえ」さん のもろみ蔵は、100年以上昔、明治初期に 建てられた国の登録有形文化財である。木造 家屋の床は土間、壁は土壁。大きな桶の中に は醸造されつつある褐色の液体、醤油が満ち 満ちている。夜になると真っ暗だが、実は桶 だけでなく、柱や梁に棲みついて呼吸してい るモノたちがいる。

「醤油は発酵食品なので、菌がそのあたり にいるんですよ。夜、写真を撮ると白く光っ ています。それが醤油を発酵させているので、 桶は絶対に洗えない。建物だって建てなおす ワケにはいかないんです。今の時代、99%の 醤油は工場のタンクに人工的に菌を入れて造 られています。でもウチは桶や蔵そのものに 菌が棲みついているから、人工的に菌を入れ る必要がないんです。リアルな〝もやしもん 〞(菌と農大生を描いた漫画)ですよ」

山のふもとのろくべえさん、略して「ヤマ ロク醤油」の(たぶん)5代目となる山本康 夫さん。創業の正確な記録が残っていないのだが、「ばあちゃんのじいちゃんの時代には 醤油を造っていたそうなので、そこから下っ て5代目ということにしています」。

康夫さんがヤマロク醤油を継ぐと言ったと き、先代であるお父さんは「こんな商売、メ シ食えないからやめろ」と反対したという。

「僕は大学を卒業後、食品メーカーで営業 をしていたのですが、商品知識のあるバイヤ ーさんはほとんどいなくて、商品を買うかど うかの判断は、値段とボリュームとパッケー ジデザインだけ。つまり添加物だらけで安く 造ったものしか買ってくれないんです。そう なると、スーパーではまともな食品を売って いないということになる。だからいつか、そ ういうバイヤーに『売ってくれ』と言われる ような醤油を造りたくて、家を継ぐことにし たんです。

でも小豆島に帰って家の決算書を見せても らったら、『こりゃアカン。メシ食えない』 と思いましたよ(笑)」

日本食の基礎調味料を守らなければ ご先祖様に顔向けできない

全国に醤油屋は1600社ほどあるが、近 年、木の桶を使って醤油造りをする会社は1 %以下だという。なぜならタンクで造る醤油 は3ヵ月程度で完成するが、桶で仕込む醤油 は販売できるようになるまで2年半かかるか らだ。しかもヤマロク醤油で醤油を造ってい るのは康夫さんただ1人。「この商売ではメシが食えない」と言った先代の言葉は当然と いえば当然。半ば意地で継いだ醤油造りだが、 道のりは長くて険しかった。

さらに難題は桶にもあった。桶作りの職人 は現在、大阪・堺にいる3兄弟のみ。しかも 全員が60歳前後なのだ。

「なぜ桶作りがすたれてきたかというと、 味噌や醤油を造る桶は、100年くらいもつ んです。つまり、1個の桶を作ったら、桶屋 の次の仕事は100年先。需要が少ないんで す。しかも味噌や醤油造りはどんどん工業化 していて、桶を使わなくなっている。桶屋さ んは生活できないんですよ。でもこのまま黙 って指をくわえていたら、将来、ウチの醤油 を造ることができなくなってしまいます。

さらに桶屋さんに『わしらもいつまで(桶 作りを)するかわからんで』と言われたので、 2009年に、銀行から目一杯お金を借りて、 12本 の 桶 を 発 注 し ま し た 。 そ の う ち 3 本 の 桶 は中古桶を組み直したもので、9本はまっさ らな新品。本当はもっと発注したかったけど、 資金がそれしかなかったんですよ」

唯一残っている桶屋で、新品の桶を作った 醤油屋は、戦後、ヤマロク醤油が初だという。 それほどまでに危機的な状況の桶である。山 本さんはさらなる行動を起こした。

「桶屋さんが『わしらもいつまでやるかわ からんから、自分の桶は自分で直せ』と言う ので、今年で3年分銀行に返したお金をまた 借りて、もう3本桶を発注したんです。

今度は同年代の大工2人を口説き落として、 自分と3人で桶作りを教えてもらうことにし たんです」

接着剤を使わずに、真竹を編んだタガだけで 組む杉の板。それだけで水も漏らさぬ技術は大 変なものだ。さらなる問題は、真竹にもあった。  「最初は京都の藪から運んでいたのですが、 14mも あ る 真 竹 を 生 き た ま ま 小 豆 島 ま で 運 ぶ には、ヘリが必要です。そこで親戚に聞いた ら『死んだ爺さんが、将来の桶作りのことを 考えて、家の上の土地に真竹を植えた』と言 うんです。それを聞いたときホントに涙が出 ましたよ」

なぜそうまでしてイバラの道を歩くのか。 それは「日本食の基礎調味料を守る」という使命感だという。

「醤油をはじめとして、味噌、みりん、酢、 酒などの発酵調味料は、日本の基礎調味料で す。添加物が絶対に悪いとは言いません。し かも桶作りは最近始めたばかりで、本当に自 分にできるかどうかわからない。でも今、自 分ができることをしなければ、本物の日本食 の基礎調味料がすべて消えてなくなってしま う。それではご先祖様に顔向けができないと 思うんですよ」

康夫さんは今年40歳。人生の折り返し地点 に立った今、これからの人生を桶にかけてロ ングスパートを開始すると言い切る。その潔 さに心打たれるばかりである。

木桶は直径2m30cm、1本で約6000リット ルの醤油を醸造している。

桶を組み直すとき、 桶職人の落書きを発見することもあるという。

「自分たちで桶を作ったとき、大工の1人が、 これを組み直すはずの孫やひ孫に宛てて

『お 前たちも頑張れ』と落書きしました。

でも100 年もたなくて、自分たちで組み直すことにな ったら恥ずかしいなと話していました(笑)」

◎木村の視点

「ご先祖様に顔向けでき ない」こんなセリフを聞い たのは、いったいいつ以来 のことだろう? いくら本 物の醤油造りのためとはい え、桶作りにまでチャレン ジするとは……。発酵食品 とあって、光の差さないな か、危うく桶に落ちそうに なりながら山本さんの話を 聞くうち、「あなたの暮らしにCANとWILLは 含まれていますか?」と 問いかけられているよう な気がしてきた。帰り際、 やがて後継者となる6代 目康蔵君たちと腕を組み ながら、にこやかに写真 に収まるその姿を目にし て、きっとこういう人を、 過去を受け継いで未来を 導き開く「承前啓後の人」というのだろうなと思っ た。本物の天然醸造醤油は、 それを造る人の旨みまで を引き立てるものなのだ ろうか。

町長からのメッセージ 香川県小豆島町長 塩田幸雄

2012-12-25

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新時代の価値観が求める島

日本再生は小豆島から

小豆島はオリーブと壺井栄さんの小説『二 十四の瞳』で有名な島です。明治政府が日 本国内でオリーブの自給をはかろうとした ときに唯一、小豆島だけがオリーブの栽培 に成功しました。オリーブが平和の象徴で あることは世界中の共通認識です。そして、 『二十四の瞳』もまた反戦小説であり、平和 をテーマとしています。  近年でも小豆島は映画『八日目の蝉』の舞 台となっていますが、映画の主人公は小豆島 にやってきて癒しを得ることになります。そ れはなぜかというと、「小豆島では、自然と 人々と神さまが一緒に仲良く暮らしている」 と、映画を撮った監督が答えてくれました。

素晴らしい自然があり、文化があり、平和 と癒しを象徴するこのような島が他にあるで しょうか。私は18歳までこの島で暮らし、 後の40年間、京都で学び、厚生労働省や環 境省などで働きました。そして2年前に故 郷に帰ってきたのですが、その理由は人生 の最後にふるさとに恩返しをするためです。 長年、国の仕事をしてきて、この国がもう 一度元気になるためには、再び原点に立ち 戻り、地域が元気になるために力を注ぐし かないと考えたのです。

こんにち、体力が弱くなった地方を活性化 するためには、小さなコミュニティを大切に しなければなりません。地域のコミュニティ の中心は小学校単位で形成されています。若 い家族が子育てを考えるとき、小学校がない 場所を選ぼうとは思わないでしょう。小学校 は教育だけでなく、高齢者の見守り、防災、 地域の文化の継承など、すべてに関わる拠点 となります。しかし近年、日本国中で小学校 の統廃合が行われています。これではコミュ ニティは育ちません。そこで小豆島ではでき うる限り、小学校を統廃合しないのです。

また、高等学校を卒業して、都会の上級 学校に行く若者全員に、毎月5万円の奨励 金を支給する制度もあります。卒業後、小 豆島に帰ってきてくれたら返還の義務を免 除する制度です。  さらに近年では、島外の人々も、小豆島 の自然や文化に惹かれて移住する方々が増 えています。 もともと小豆島は瀬戸内海の交通の要衝 でした。飛行機や高速道路などの整備によ って船の交通はすたれてきましたが、昨年、 神戸と小豆島を結ぶジャンボフェリーが復 活しました。今後も海の時代は戻りつつあ るとの手応えを感じています。このように 小豆島は次の時代が求める新しい価値観のす べてが集約されている島。日本再生のための すべてを備えた場所なのです。

小豆島町

【面積】 15,694 人

【人口】  95.63km²

【世帯数】  6,653 世帯

(平成24 年10月1日現在)

小豆島の名前の由来

小豆島は古い地名なので、その由来は実は はっきりしていないそうです。古事記に「阿豆 枳辞摩」という名前が登場しており、かつて は「あずきじま」と呼ばれていた様子。しかし、 「小豆の産地だったから」、「アズ」が崩崖地の 意であることから「崩れやすい崖地の島」、 漁業が盛んで「アジキ(網敷)」から形が変わ った、など語源は様々です。

小豆島の名物

●小豆島そうめん

讃岐うどんの先祖、小豆島そうめんは、そうめん の代名詞『揖保乃糸(兵庫県)』、歴史の古い 『三輪そうめん(奈良県)』とともに日本三大 そうめんに数えられる日本を代表するそうめん です。酸化しにくい胡麻油を使っているで 風味が良いのが特徴です。

● 醤 丼

醤丼とは、醤油蔵とつくだ煮工場が軒を連ねる 「醤の郷」で作られた醤(塩を加えて発行させた 塩蔵品)を使った丼のこと。認定されているお店 で味わえます。「醤丼」のお約束は、①「醤の郷」 で作った醤油やもろみを使っていること、 ②小豆島の魚介、野菜やオリーブなど地元の 食材を使っていること、③箸休めはオリーブか 佃煮を使っていること。

にっぽん日和 香川 小豆島 後編

2012-12-21

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二十四の瞳 映画村

木造の小学校教室で 大正・昭和の時代を想う

1928 年、瀬戸内海の小さな島に師範学校を卒 業したばかりの「おなご先生」がやってきます。 赴任したのは島の「岬の分教場」。待っていたの は12 人の生徒たち。昭和恐慌から満州事変、そ して第二次世界大戦へ、そして戦後へ。12 人、 24 の瞳を輝かせていた生徒たちの人生も、ハイ カラだったおなご先生の人生も、激動の時代と共 に流されていきます。

昭和62 年、映画『二十四の瞳』が再映画化さ れるにあたって、撮影が行われたのは、小豆島田 浦地区から600m 南、瀬戸内海を一望できる海岸 沿いです。約1 万㎡の敷地には、大正・昭和初期 の村の様子が再現され、敷地内にある松竹座映画 館では、1954 年に公開された木下恵介監督の『二 十四の瞳』が、毎日上映されています。Café シ ネマ倶楽部で味わえる、コッペパンと牛乳瓶の懐 かしい給食もおススメです。

映画『二十四の瞳』を体験

田浦分校の教室には、当時のオルガ ンや机がそのままに残っています。

絣の 着物をレンタル(500 円)できるので、 映画の主人公になりきることも可能です。

二十四の瞳 映画村 小豆郡小豆島町田浦甲931

お知らせ

お正月は イベント満載!

二十四の瞳 映画村 総支配人 有本裕幸さん

2013 年の元日から3日の間に「ふるさと のお正月」を開催します。凧、コマ、羽子板、 福笑いなどの玩具を無料貸し出しします。 1月13日には無病息災を祈念する『とんど』 というイベントがあります。是非お越しください。

http://www.24hitomi.or.jp

(写真左は2012 年1 月に行われた「とんど」の様子です)

 

小豆島ふるさと村

心を和ます 美しい海のふるさと

国民宿舎、公共の宿をはじめとして、ファ ミリーロッジやオートキャンプ場、プール やテニスコートなど、小豆島をまるごと楽 しめるふるさと村。国民宿舎から見える夕 陽は「日本夕陽百景」に認定された絶景です。  お正月には餅つき、うどん作り、初夏 にはホタル見学会、カヤック・ヨットや 釣り、クラフト作りなど、体験型のイベ ントも人気です。

道の駅・海の駅 小豆島ふるさと村

総支配人 森川佳則さん

「瀬戸内海に沈む夕陽は毎日 顔が違います。

キャンプに釣 り、いちご狩りなど、四季を 通じて楽しみ方があるふるさと 村へ、是非お越しください」

小豆郡小豆島町室生 2084-1

 中山地区 農村歌舞伎

島の人による島の人のための 稲刈りの苦労をねぎらう行事

美しい千枚田を見ながら山を降りると、藁 葺き屋根の建物に出会います。ここは春日神 社の境内にある、中山農村歌舞伎の舞台です。

小豆島の農村歌舞伎は江戸中期から現在ま で続いています。海を渡って上方歌舞伎を観 に行くことが難しいならば自分たちで演じよ うと、旅の一座や振付師を招いて練習したの が始まりと言われます。明治、大正時代には 島内に30 以上の舞台があったとか。老若男 女が出演し、セリフを間違えてもご愛嬌のふ るさと歌舞伎です。

きれいなもの、みつかります 

小豆島町 企画振興部 商工観光課 近藤伸一さん

小豆島のことなら何でもお任せの近藤さん。

海岸線に車を走らせながら、テレビ CM の撮影スポットなど教えてくれました。

気づくと普段の生活の中で、小豆島の 風景を目にしていたことに感動です。

エンジェルロード 

小豆島の東部、弁天島から 沖に浮かぶ大余島、中余 島、小余島を結び、干潮 時に現れる約500m の砂 州の道があります。

この道 は、『エンジェルロード』の 名で親しまれ、「大切な人と 手をつないで渡ると願いが 叶う」と言われています。

JALでいく

たった1 時間JALに乗ったら、もう高松。フェ リーに乗り換えて小豆島の池田港へ。晴天に恵ま れた2 日間でした。オリーブ、醤油、佃煮、そう めんに瀬戸内で獲れた魚。食べ物ばかりではなく、海に沈む 夕日やエンジェルロードの美しかったこと。二十四の瞳館に ある岬の分教場にも郷愁をそそられました。絣の着物レンタ ルも良かったけれど、なんといってもおススメは「懐かし給 食のコッペパン」。残念ながら今回は、すでに刈り取りが済 んでしまった千枚田や、まだ紅葉していなかった寒霞渓へ行 くことはできなかったけれど、楽しみは次回ということで ……

それにしても見所の多い小豆島でした。そうだ、八十八 種の桜を愛でながらの霊場巡りにも挑戦しなきゃ! 四国四県は広いけれど、小豆島内なら何とかなりそうだ。

木村政雄

にっぽん日和 香川 小豆島 前編 

2012-12-19

後援:観光庁
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ギリシャ風車

エーゲ海を思わせる瀬戸内海の青と のコントラストがひときわ美しい、小 豆島オリーブ公園内にある白い風 車。小豆島と姉妹島提携しているギ リシャ・ミロス島との友好の証として 平成4年に建設されました。公園内 でも絶好の記念撮影スポットです。

ここにしかない“摘みたて”

この島を選んで育った 小豆島オリーブ

日本でオリーブ栽培が始まったのは明治 41 年。当時の農商務省がアメリカから輸入 した苗を使って試作地に選んだのは、三重、 鹿児島、香川の3県でした。その中で順調に 成長したのが小豆島の西村地区に植えたオ リーブです。小豆島はオリーブが生まれた地 中海性気候に最も近い土地であったともいえ るのですが、地元の農家のたゆまぬ努力の積 み重ねの賜物ともいえます。大正時代のはじ めには、搾油ができるほどの実をつけ、その 後一般の農家でも栽培されるようになり、昭 和42 年には県木にも指定されました。  現在、“小豆島オリーブ” は島のシンボル。 オリーブオイルやオリーブコスメは全国から 熱い視線を送られています。

(写真は小豆島マスコットキャラクターオリーブしまちゃん)

幸せのオリーブ

「見つけると幸せが訪れ、持っていると幸せが続く」といわれている ハート型をしたオリーブの葉。

小豆島オリーブ公園

瀬戸内海に臨むオリーブ公園に は、世界中のオリーブ約20 品種 が植樹されています。近年は全国 の人たちにオリーブ育成に協力し てもらう『オリーブパートナー制度』 も順調です。11 月には収穫・就 労体験にやってくる人もいます。

 小豆郡小豆島町西村甲1941-1

原木が残るオリーブ園

小豆島に渡ってきた

オリーブの 原木が残るオリーブ園。

園内に は2000本のオリーブが成長を続 けています。

小豆郡小豆島町西村甲2171

オリーブ製品

生の実をかじると口いっぱいに渋み が広がります。それでも後味が残ら ないのが小豆島生まれのオリーブ。 バージンオイルもあっさりめです。 エキストラバージンオリーブオイル 275g 1,680 円。バージンオリー ブオイル180g 1,050 円。ピュア オリーブオイル 180g 950 円。

バージンオリーブオイル 配合で、

お肌にやさしい しっとりとした手足用のク リームです。

オリーブ園 オリーブハンドクリーム (手足用・60g)530 円。

オリーブ園で収穫したオ リーブを製造販売している

売店のお勧めのオリーブ リーフソフトクリーム

(300 円)。

鉄分、カリウム、ビ タミンE が豊富です。

小豆島ブランド『島の光』

熟練の手が延べる 色白く美味なるそうめん

手延べそうめんは、醤油、オリーブと共に 小豆島を代表する名産品です。幕末に小豆島 について述べた『小豆島名所図会』には「色 白くして美味なり。他国の産と異にして最よ し」と記されています。

そうめんの表面には純正ごま油が塗られて おり、独特の風味とコクが特徴。ごま油の酸 化を抑える働きが、商品の品質を保っていま す。現在、小豆島には150 の手延べそうめん 製造会社があり、そのすべてが「島の光」ブ ランドです。製造工程において、切れないよ うに微妙な塩分調整を行い、天日に干して細 く長く延ばすのは熟練の技。自然と人の調和 から生まれる最高級品は「ツルッ、モチッ」 とした感触です。

小豆島ふるさと村  手延そうめん館

そうめんの箸分け工程 を見学できる 手延そうめん館。見る間に伸びる様 子は圧巻です。そうめん作りは自然 との闘いなのですが、天候が良けれ ば工程を体験することもできます。

小豆郡小豆島町室生2084-1

最高級の無添加佃煮

湯気を上げる佃煮で 素材本来の旨さを知る

小豆島を代表する名産物に「醤」があります。 これは塩を加えて発酵させた塩蔵品の総称で す。島の一角に、明治時代に建てられた醤油 工場やもろみ蔵が現役で活躍している地域が あります。ここは「醤の郷」。建物の壁が黒い のは、生きた酵母が棲んでいる証拠です。も ともとは塩田だったというこの地域には、現 在、醤油・佃煮工場が軒を連ねています。  醤油造りが始まったのは江戸時代。酵母の 熟成は暖かな瀬戸内気候に育まれ、発達した 海上交通によって運び込まれた良質な大豆や 小麦も、醤油造りを発達させてきました。  そしてこの醤油は、保存や運搬に適した佃 煮作りをも育てました。ここで訪ねたのは、「本 物の佃煮を自信を持って作っている」という 小豆島食品㈱。ヤマロク醤油の「鶴醤」しか 使わないという作りたての佃煮は、初体験の 美味でした。

小豆島食品㈱

工場見学もできる佃煮屋さん。 創業は昭和30 年。明治中期 の醤油蔵をそのまま使用した工 場は、登録有形文化財です。

久留島周平会長は3代目、克 彦さんが4代目です。

小豆郡小豆島町草壁本町491-1

21_21 DESIGN SIGHT、「colocal books 東北のテマヒマ 衣・食・住」刊行 ~三宅一生、佐藤卓、深澤直人ディレクションの二つの展覧会を書籍化~

2012-12-18

株式会社マガジンハウスは、六本木ミッドタウン内にあるデザインスペース「21_21 DESIGN SIGHT」著の書籍「colocal books 東北のテマヒマ 衣・食・住」を刊行しました。

これは、2011年から2012年にかけて、東北地方の人々の精神とものづくりの持つ大きな力を改めて見つめ直すことを目的に開催した二つの展覧会「東北の底力、心と光。『衣』、三宅一生。」(2011年7月26日~31日)、「テマヒマ展<東北の食と住>」(2012年4月27日~8月26日)の記録となるものです。

ファッションデザイナーの三宅一生氏、グラフィックデザイナーの佐藤卓氏、プロダクトデザイナーの深澤直人氏がディレクションしたこの二つの展覧会で紹介された64アイテムを、「衣、食、住」のカテゴリー別に完全収録しました。
発行はマガジンハウス。日本の地域をテーマに運営を続けているウェブマガジン「コロカル」( http://colocal.jp/ )編集部が制作にあたりました。
全国書店、デザインスペース「21_21 DESIGN SIGHT」で発売開始。  インターネットでは、 http://magazineworld.jp/books/all/?gosu=2497 から購入することが可能です。

【コロカル編集長・及川卓也のメッセージ】

「東北の支援という観点から、通常より短い準備期間で開催された展覧会であったため、公式カタログが発行されず、訪れた5万人の観客からも記録を求める声が多かったそうです。後世への記録としても意義ある東北の手間とヒマ(時間)をかける文化を紹介し、その造型にデザインとしての光を当てる展覧会でしたので、書籍化の意義は大きいと思います。」

◆会社概要

社名  : 株式会社マガジンハウス

代表者 : 代表取締役社長 石崎 孟

本社  : 東京都中央区銀座3-13-10

創業  : 1945年11月

事業内容: 雑誌、書籍の出版

URL   : http://magazineworld.jp/

“遠い故郷の活性化を遠方から支援する”ウェブ参加型地域貢献プラットフォーム第3弾『FAAVO(ファーボ)埼玉』12月始動

2012-12-11

株式会社サーチフィールド(本社:東京都渋谷区、代表取締役社長:小林 琢磨)は、 2012年12月5日より、地元の地域活性化プロジェクトに遠くからでも支援・応援したい地方出身者をメインターゲットとした、 新しい地元応援クラウドファンディングサービス『FAAVO(ファーボ)』の第3弾、『FAAVO埼玉』をリリースいたしました。

詳細はこちら FAAVO埼玉: https://faavo.jp/saitama

 
■FAAVOとは?

ユーザーがお気に入りの街の“地域を盛り上げるプロジェクト”を、 遠くにいながら支援/応援できるウェブ参加型の新しい地域貢献プラットフォームです。 県内外で行われる“地域を盛り上げるプロジェクト”をFAAVOに投稿すると、 共感した全国の同郷の人やその県に思い入れのある人たちなどが輪を広げ、 さらにはプロジェクトを実現する支援金を広くから募ることができます。 現時点で宮崎県、新潟県、そして本日リリースした埼玉県を入れ、合計3県で展開しております

■なぜ『FAAVO埼玉』なのか?

埼玉は東京の北部に位置し、首都圏に通勤・通学できる東京のベッドタウンです。 一見、地元への愛着が薄そうに見える地域ですが、 地元を本拠地とするスポーツチームへの愛着は目を見張るものがあります。 そんな埼玉県で、FAAVOを展開したい!という声が一部で上がったことから、 既存展開の二県とは趣向の違ったプロジェクトが多く立案されることを期待して、公開に踏み切りました。

■『FAAVO埼玉』の特徴

埼玉県はプロ野球の西武ライオンズや、Jリーグの浦和レッズ、大宮アルディージャ、 プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)埼玉ブロンコスのチームの本拠地があり、もともとスポーツが盛んな県です。 スポーツに対して興味・関心を持っている県民も多く、また、それぞれのスポーツチームのファンは 県の垣根を飛び越え、全国に存在しています。 学生のスポーツ活動も盛んで、高校野球の浦和学院、春日部共栄や高校サッカーの埼玉栄、浦和南など、 全国的に名前が知れ渡っている強豪校が多く存在しています。 公開時にFAAVO埼玉に掲載されるプロジェクトも、スポーツ関連のものが多く、 スポーツによるまちづくりが多く見られます。

 
■『FAAVO埼玉』 プロジェクト例

・埼玉生まれの新しいスポーツ「FOOTSHOT」の出張大会の開催費の一部を募るプロジェクト

※「FOOTSHOT」とは? 埼玉発信の新しいスポーツです。7つのゴールに対して7つのボールを蹴り、 ゴールインにより獲得した総ポイント数を競う競技です。 サイズや形状が異なるゴールにはゴールインさせる難しさにより1から6までのポイントが付いています。 すべてのゴールを決めると27ポイント(パーフェクト)になります。

 
・プロバスケットボールチーム「埼玉ブロンコス」の試合に母子家庭の親子を招待するプロジェクト プロバスケットボールリーグ(bjリーグ)の埼玉をホームタウンとするチーム、 「埼玉ブロンコス」の試合に母子家庭の親子を招待する企画です。 母子家庭の子ども達にスポーツを楽しむ機会を提供し、スポーツ県埼玉の魅力を伝えていくのが目的です。

 
■『FAAVO埼玉』以降のFAAVOの展望および今後の展開予定

次の県の開設準備も目下進行中です。FAAVOは継続的に各県で展開を開始して行きます。
【本件に関するお問い合わせ】

株式会社サーチフィールド

FAAVO担当 : 齋藤 隆太

Email     : info@searchfield.jp

TEL    : 03-5856-6374(代表)

FAX          : 03-5856-6375

日本初の100%エネルギーの地産地消イルミネーションイベント!今年は約2倍の冬の桜並木を実現!『目黒川みんなのイルミネーション2012』開催

2012-12-05

目黒川みんなのイルミネーション実行委員会(事務局 : CreativeOut(R))は、開催エリア周辺から回収した使用済み食用油を利用し、100%エネルギーの地産地消を実現したイルミネーション『目黒川みんなのイルミネーション2012』を、2012年11月16日(金)~12月25日(火)、2013年2月9日(土)~2月11日(月)の期間開催いたします。 五反田ふれあい水辺広場を中心に、目黒川沿いの桜並木に、オリジナルの桜色LEDで装飾し、イルミネーションによる「冬の桜(R)」を演出いたします。

『目黒川みんなのイルミネーション』は、昨年日本で初めて100%エネルギーの地産地消を実現した大規模イルミネーションイベントです。本イルミネーションでは、電力の発電に、開催エリア周辺のご家庭や飲食店から回収した使用済み食用油から精製するバイオディーゼル燃料のみを使用いたします。地域から出る廃棄物を利用して電力を賄うことによって、住民で作る住民のための「みんなのイルミネーション」を体現いたします。また、専用の支援ベンダー(自動販売機)を開催エリアに設置しており、イベント開催費用の一部をまかなう取り組みも開始しています。  この100%エネルギーの地産地消を実現する本イルミネーションは、今年度のグッドデザイン賞を受賞いたしました。

さらに今年は、発電の仕組みはそのままに、なんと2倍の長さの冬の桜並木を実現し、更なる地域の輪の拡大を目指します。装飾距離は昨年の約760mから、約1500mまで延伸。地域の皆さまによって支えられる、地球にも優しい“冬の桜(R)”が、これまで以上に目黒川沿いを暖かく照らします。

【プロジェクトの背景】  大崎エリアでは、テクノスクエア構想(大崎駅周辺地区市街地整備構想)というコンセプトのもと再開発が進んでおり、現在多くのハイテク機器関連企業が集まっております。また、同時に多くの住宅も供給され、たくさんの家族が移り住むなど、東京副都心計画の一端を担う街として、進化し続けています。  3年目となる今年は、この再開発されゆく街への愛着や誇りを醸成するとともに、日本の新エネルギー普及に寄与できればという願いから、「目黒川みんなのイルミネーション2012」に取り組みます。

■問い合わせ先(一般) :目黒川みんなのイルミネーション実行委員会/TEL:03-5330-7675

■サイトURL :http://www.minna-no-illumi.com/

■使用電球 :LED

■使用電力 :バイオディーゼル燃料による発電機を利用

■主催 :目黒川みんなのイルミネーション実行委員会

■協力 :一般社団法人大崎・五反田タウンマネージメント

一般社団法人大崎エリアマネージメント

■後援 :品川区、しながわ観光協会

東日本大震災の“被災木”を過去から未来への“物語”に 東北復興木づかいプロジェクト「タコマツの木づな」12月3日より本格始動

2012-12-05

東北復興木づかいプロジェクト推進委員会(所在地:東京都中央区、プロジェクトリーダー:若杉 浩一)は、東北復興支援活動として、「タコマツの木づな」プロジェクトを2012年12月3日より本格始動いたしました。「タコマツの木づな」プロジェクトは、“処理方法の見つからない被災木(※)の再利用”“被災地産業の創出・活性化”“木づなづくり(きづなづくり)”をテーマとしており、タコマツ関連商品の導入を自治体や法人、そして一般の方などに幅広く働きかけていくのと同時に、ホームページや公式Facebookページを中心に木づなづくりを促していきます。

http://www.takomatsu.jp

(※) 被災木とは 震災の津波により倒された海岸防風林のクロマツや、根が塩水に浸かったため立ち枯れてしまった人工林や、屋敷林の木々のことを指します。
<タコマツの木づなプロジェクト発足のきっかけ>
東日本大震災の津波の影響で3,660ha(ヘクタール)もの海岸林が被害を受け、また多くの屋敷林が枯れました。現在も処理方法が決まっていない杉や松が被災地に積み上げられています。これらの被災木の再利用の方法としては、チップにして紙の原料や燃焼材にするというケースが多いのが現状です。しかし、防風林や屋敷林としてかつてはわれわれの生活を支えてくれていたこれらの木々を、再生紙や燃料として木の存在感を失わせるのではく、“再び人々の生活に役立つものとして生まれ変わらせる”方法はないだろうか。「タコマツの木づな」プロジェクトはこのような想いからスタートしました。  地元企業や地域木材ネットワーク、行政などとの連携のもと、2013年度は1000本の丸太の利用(=被災木の削減)を目指し、取り組んで参ります。

(さらに…)

福島復興支援イベント 「行政書士フェスタ2012 ~福島から食の安全を学ぶ~」開催 ― 12月7日(金) 有楽町イトシア前広場 ―

2012-11-26

東京都行政書士会(所在地:東京都目黒区、会長:中西 豊)は、今年度のイベントとして、来る12月7日(金)、有楽町イトシア前広場において、福島復興支援イベント「行政書士フェスタ2012 ~福島から食の安全を学ぶ~」を開催します。

*詳細 : http://www.tokyo-gyosei.or.jp/topics/special/2012/12.html

[イベントに関連する情報を随時掲載します]
*チラシ: http://www.atpress.ne.jp/releases/31733/1_5.pdf

■「行政書士フェスタ2012 ~福島から食の安全を学ぶ~」開催趣旨

東日本大震災とそれに続いた福島第一原子力発電所での事故の発生から1年8か月が経過し、福島では、放射能汚染と風評被害に対する取り組みが、日々続いています。「食の安全」をめぐる情報が錯綜する中、本イベントでは、震災以前から農薬や化学肥料に頼らない野菜や米づくりを行ってきた福島の有機農業生産者や有識者をお招きし、これからの時代の食の安全をともに考えたいと思います。福島直送の新鮮な農産物の販売や、福島のご当地情報を楽しみながらご参加いただけます。

■食の安全を考えるパネルディスカッションや、福島の農産物青空市を開催

当日は、福島の有機栽培農家や有識者をパネリストとするパネルディスカッションを開催するほか、行政書士による福島ルポパネル展示、福島在住の写真家による写真展示、産地直送の有機無農薬野菜の販売、きのこ汁試食、野菜クイズ大会などを実施します。また、来春は、福島を舞台に、NHK大河ドラマ「八重の桜」が放映されますが、福島で結成された「ふくしま八重隊」の皆さんやマスコットキャラクター「八重たん」、福島で地域貢献活動を行っている十文字学園女子大学・ゾウキリンくらぶの学生さんたちが、応援に駆けつけてくれる予定です。福島県産コシヒカリの先着プレゼントもあります。

■東京都行政書士会とは

東京都行政書士会は、東京都の行政書士を会員とする団体で、2012年11月現在、5,400名超の行政書士が業務を行っています。取り扱う業務は、官公署に提出する許認可等の申請書類の作成や、遺言書等の権利義務、事実証明に関する書類の作成、及び契約書の作成など、多岐にわたります。最近では、成年後見やADR(裁判外紛争解決)、中小企業支援などの新しい分野にも、市民の皆様のお役に立てるよう、「あなたの街の法律家」として取り組んでいます。

【「行政書士フェスタ2012 ~福島から食の安全を学ぶ~」】

<開催要領> 開催日時:平成24年12月7日(金)  午前10時~午後6時(ステージは、午後4時終了)

開催場所:有楽町イトシア前広場(雨天の場合は一部地下に移動)

東京都千代田区有楽町2丁目7-1

主催団体:東京都行政書士会

後援  :福島県、二本松市、中央区、千代田区、荒川区

全国農業協同組合連合会福島県本部、生活クラブ生活協同組合、日本行政書士会連合会、福島県行政書士会、十文字学園女子大学

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